東京地方裁判所 平成5年(ワ)20497号 判決 1995年10月16日
平成三年(ワ)第一四一四四号事件原告
平成五年(ワ)第二〇四九七号事件被告
株式会社オムニクス
右代表者代表取締役
中山誠
右訴訟代理人弁護士
細田英明
平成三年(ワ)第一四一四四号事件被告
平成五年(ワ)第二〇四九七号事件原告
フロンティア産業株式会社
右代表者代表取締役
内河煕
右訴訟代理人弁護士
浅香寛
主文
一 平成三年(ワ)第一四一四四号建物明渡請求事件
1 被告は、原告に対し、原告が二億二五〇〇万円を支払うのと引換に、別紙物件目録二記載の建物部分を明渡し、かつ、平成七年八月一日から明渡済みまで一か月につき二一〇万円の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
二 平成五年(ワ)第二〇四九七号工作物設置等請求事件
原告の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分して、その一を平成三年(ワ)第一四一四四号事件原告・平成五年(ワ)第二〇四九七号事件被告の負担とし、その余を平成三年(ワ)第一四一四四号事件被告・平成五年(ワ)第二〇四九七号事件原告の負担とする。
事実
第一 申立
(平成三年(ワ)第一四一四四号事件)
一 請求の趣旨
1 (主位的請求)被告は、原告に対し、原告が一億円を支払うのと引換に、別紙物件目録二記載の建物部分(以下「本件店舗」という。)を明渡し、かつ、平成三年四月一六日から明渡済みまで一か月につき四二〇万円の割合による金員を支払え。
2 (予備的請求)被告は、原告に対し、原告が二億二五〇〇万円を支払うのと引換に、本件店舗を明渡し、かつ、平成三年四月一六日から明渡済みまで一か月につき四二〇万円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(平成五年(ワ)第二〇四九七号事件)
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、別紙図面二の赤色部分表示の門型フレームを別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)の一階部分東面(A通り)及び西面(D通り)に同図面の黄色表示の方法により、同図面の紫色部分表示の門型フレームを本件建物の二階部分東面(A通り)及び西面(D通り)に同図面の緑色表示の方法により、設置せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第1項につき仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 主張
(当事者の呼称)
平成三年(ワ)第一四一四四号事件原告・平成五年(ワ)第二〇四九七号事件被告を「原告」といい、平成三年(ワ)第一四一四四号事件被告・平成五年(ワ)第二〇四九七号事件原告を「被告」という。
(平成三年(ワ)第一四一四四号事件)
一 請求の原因
1 原告は、昭和五四年一月一〇日、被告に対し、本件店舗を次のとおりの約定で賃貸した(以下「本件賃貸借契約」という。)。
目的 店舗
期間 昭和五四年一月一〇日から昭和五九年一月九日まで
賃料 月額二〇〇万円
特約 本契約が終了したに拘わらず、被告が本件店舗の明渡を怠ったときは、被告は、明渡済みまで契約終了時の賃料の倍額の損害金を支払う。
本件賃貸借契約は、昭和五九年二月一三日に、期間同年一月一〇日から三年間、賃料月額二〇〇万円、共益費月額一一万円、看板設置料月額七万円として、合意更新され、昭和六三年七月一四日に調停が成立して、昭和六二年一一月一日以降の賃料月額二一〇万円、共益費月額一二万円、看板設置料月額七万一五〇〇円に改定され、更に、昭和六三年八月一日付け契約書により、期間が昭和六二年一月一〇日から三年間に改定された。
2 原告は、被告に対し、平成元年七月六日に到達した内容証明郵便により、本件賃貸借契約の更新拒絶の通知をし、平成二年一月一七日に到達した内容証明郵便により、被告の本件店舗の使用継続に異議を述べた。
3 原告は、被告に対し、平成二年九月二一日、新宿簡易裁判所に提出した調停申立書により、本件賃貸借契約の解約の申入れをするとともに、立退料として二億二五〇〇万円を提供する旨を申し出た。
4 原告には、次のとおり、本件賃貸借契約の更新拒絶又は解約申入れをする正当の事由がある。
① 本件建物の敷地は、新宿駅の西口・南口に近く、超高層ビルの林立する新都心とを結ぶ地域に所在し、中層の店舗兼事務所ビルの敷地として利用するのが最有効使用であるところ、本件建物は、昭和三五年に建築された軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺三階建の事務所ビルで、老朽化が甚だしい状況にあり、一階中央に階段があって直接二階に上ぼる構造となっているため各室の有効配置が阻害され、エレベーターがないなど近隣の店舗・事務所ビルに比して機能的に劣っている。そこで、原告は、本件建物を取り壊して、地上五階、地下一階、延面積1818.17平方メートルの店舗ビルを建築する準備を進めている(原告は、当初、本件建物の敷地と右敷地に隣接する原告所有地とを合わせた土地に地上四、五階、地下一、二階の店舗兼事務所ビルを建築する予定であった。)。本件建物は、保有水平耐力評価が各階とも(三階短辺方向を除く。)0.19ないし0.43であり、一、二階は耐震性能が不足しているため、大地震だけでなく中地震でも倒壊・大変形する恐れがある。そして、耐震性を確保するための補強工事をするには、軽量型鋼を主体とした架構に補強用ブレースのアングルを取付けなければならないが右取付けの施工は事実上不可能に近く、建築確認が必要であるが本件建物が違法建築であるため建築確認を得ることができず、新築と同程度以上の費用を要するので、補強工事は技術的にも法律的にも経済的にもできないというべきである。
② 原告は、被告に対し、立退料として一億円又は二億二五〇〇万円を提供する旨を申し出ている。なお、本件店舗の借家権価格は、平成五年三月一五日時点で一億三三六〇万円、同年一一月一五日時点で一億一二七〇万円である。
③ 被告は、昭和五五年二月二一日、原告を被告として、本件店舗とは別の賃貸店舗について預託金返還請求訴訟を提起したが、このことから本件賃貸借契約における信頼関係は完全に破壊され、以後、本件賃貸借契約に関して両者間に紛争の絶えることはなく、昭和五六年賃料確認請求事件、昭和五七年同反訴事件、昭和六二年賃料確認請求事件・工事妨害禁止等仮処分事件、昭和六三年同反訴事件、平成二年建物明渡請求調停事件、平成三年本件訴訟が提起された。また、被告は、平成五年九月三日、原告に無断で本件店舗の配管取替工事をしたが、これも信頼関係を破壊する行為である。
④ 原告は、被告に対し、本件店舗の代替の店舗として、本件建物の敷地に隣接する原告所有地にある地上五階、地下一階のビルの四階を二年間賃貸することを申し出ている。
5 よって、原告は、被告に対し、本件賃貸借契約が平成二年一月一〇日に期間満了により終了したことに基づき、又は、前記調停申立書が被告に送達された六か月後の平成三年四月一五日に解約により終了したことに基づき、主位的には立退料一億円の支払と引換に、予備的には立退料二億二五〇〇万円と引換に、本件建物の明渡を求め、かつ、平成三年四月一六日(解約による契約終了の翌日)から明渡済みまで一か月につき四二〇万円の割合による約定損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1ないし3の各事実は認める。
2 同4①のうち本件建物の敷地が新宿駅の西口・南口に近く、超高層ビルの林立する新都心とを結ぶ地域に所在している事実、本件建物が軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺三階建の事務所ビルであり、階段が原告主張のとおりの位置関係にあり、エレベーターがない事実は認め、老朽化が甚だしい状況にある事実、原告が本件建物敷地ないし右敷地に隣接する原告所有地とを合わせた土地にビルを建築する予定があり、建築する準備をしている事実、本件建物が中地震又は大地震で倒壊・大変形する恐れがある事実、耐震性を確保するための補強工事に建築確認が必要であり、建築確認を得ることができない事実、新築と同程度以上の費用を要する事実は否認し、その余の事実は不知。耐震性を確保するための補強工事は、後出の本件補強工事をすればよいので、建築確認は必要でなく、その費用は五三〇万円である。本件建物には被告以外に多くの賃借人がおり、そのうちの数名は絶対に立退かないと言明しているので、全部の賃借人について立退が完了するのに何年かかるか不明であり、原告の新ビル建築の計画は夢のような話である。被告は、昭和五四年から当時としては異常に高額な保証金と賃料を支払い、多額の資金を投下して本件店舗においてゲームセンターの経営を続けていたが、平成三年になって東京都庁が移転してきて新宿駅西口周辺が繁華街としての体裁を有するようになり、ようやく収益が望める状態になったものであり、現在、本件建物の周辺は、量販店が軒を連ねており、貸ビルの一階に代替の店舗を見つけることは不可能である。
3 同4②のうち原告が被告に対し立退料として二億二五〇〇万円を提供する旨を申し出た事実は認める。なお、本件店舗の借地権価格は、平成六年一〇月一日時点で一四億七二〇〇万円である。
4 同4③の事実は、被告が本件店舗とは別の賃貸店舗について提起した預託金返還請求訴訟から本件賃貸借契約における信頼関係が完全に破壊された事実を除き、認める。
5 同4④にいう本件建物の敷地に隣接する原告所有地にある地上五階、地下一階のビルの四階は、被告が本件店舗において営業しているゲームセンターの代替の店舗となり得ない。
(平成五年(ワ)第二〇四九七号事件)
一 請求の原因
1 原告と被告との間には、本件店舗につき本件賃貸借契約がある。
2 本件建物は、建築基準法の耐震規準に適合して建築されているが、同法の昭和五六年改正による新しい耐震規準を充たしていない。
3 本件建物について、別紙図面二記載の重量鉄骨造の門型フレームによる補強工事(以下「本件補強工事」という。)をすれば、保有水平耐力評価が二階で1.04、一階で1.33になって、建築基準法の昭和五六年改正による新しい耐震規準を充たし、耐震性を有するようになる。
4 よって、被告は、原告に対し、本件賃貸借契約における賃貸人の修繕義務に基づき、本件補強工事をすることを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2のうち本件建物が建築基準法の昭和五六年改正による新しい耐震基準を充たしていない事実は認める。
3 同3のうち本件建物について補強工事をすれば耐震性を有することになる事実は認め、本件補強工事をすれば耐震性を有するようになる事実は否認する。
三 抗弁
平成三年(ワ)第一四一四四号事件請求の原因のとおり(本件賃貸借契約は終了している。)
四 抗弁に対する認否
平成三年(ワ)第一四一四四号事件請求の原因に対する認否のとおり
理由
(平成三年(ワ)第一四一四四号事件)
一 請求の原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。
二 原告には本件賃貸借契約の更新拒絶または解約申入れをする正当の事由があるかどうかを判断する。なお、原告は、本件賃貸借契約の終了の原因として平成二年一月一〇日の期間満了及び平成三年四月一五日の解約を主張しているが、本件訴訟を維持し、正当の事由として最近の状態・出来事をも主張・立証していることからすれば、原告は継続的に本件賃貸借契約の解約申入れをしているものと解し、本件訴訟の最終口頭弁論期日(平成七年七月三一日)から六か月前の平成七年一月三一日までの状態・出来事をも含めて正当事由の有無を判断することとする。
そこで、請求の原因4の①ないし④について検討するが、まず、①については、次のとおりである。
本件建物の敷地が新宿駅の西口・南口に近く、超高層ビルの林立する新都心とを結ぶ地域に所在している事実、本件建物が軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺三階建の事務所ビルであり、階段が原告主張のとおりの位置関係にあり、エレベーターがない事実は、当事者間に争いがないところ、甲第一号証及び甲第一三号証と合わせ考慮すると、階段の位置関係から本件建物の一、二階の各室の有効配置が阻害されており、近隣の店舗・事務所ビルに比して機能的に劣っていること、本件建物の敷地は中層の店舗兼事務所ビルの敷地として利用するのが最有効使用であることが認められる。
甲第一二、一三号証、甲第一九号証、証人新井田悟及び証人尾島友三郎の各証言並びに原告代表者尋問の結果によれば、本件建物には、外壁のモルタルの剥離・剥落・ひび割れ及びタイルの浮き・剥落、アルミサッシュの腐食及び窓の開閉不能・ガラスの割れ、看板の取付部の腐食、屋根のカラー鉄板の腐食及び波板鉄板・笠置鉄板のはがれ、鉄骨柱・梁の柱脚・熔接箇所・ボルトの腐食、鉄筋格子(胴縁)の腐食、つなぎ梁のラチス材の座屈、鉛直ブレースの一部切断及び水平ブレースの欠如・曲がり、小屋ブレースのゆるみ、揚水ポンプ・高置水槽の腐食、給水管の経年劣化、空調設備の室外機の固定不備・腐食がある事実が認められるが、いずれも、鉛直ブレースの一部切断を除いて、修理をしなくても当分は建物の耐久性に影響を与えるものではないか、修裡又は更新をすることが可能なものであるので、以上を総合すると、本件建物は老朽化が甚だしい状況にあるというほどではない。
右のとおり、本件建物の鉛直ブレースが一部切断された箇所及び水平ブレースが欠けている箇所があるためもあって、甲第一三号証、甲第三二号証並びに証人新井田悟及び証人尾島友三郎の各証言によれば、本件建物は、保有水平耐力評価が各階とも(三階短辺方向を除く。)0.19ないし0.43である事実が認められる。そして、甲第一三号証、甲第三二号証並びに証人新井田悟及び証人尾島友三郎の各供述においては、建築基準法の昭和五六年改正による新しい耐震規準に従うと、本件建物の一、二階は耐震性能が不足しており、大地震時に倒壊する恐れがあるので、各階に八箇所ずつ鉛直ブレースを入れる補強工事をする必要があるが、右工事は本件建物の躯体が軽量鉄骨であるため施工できないとしている(甲第三二号証においては、横揺れの地震で震度五以上、直下型の地震で震度三以上で本件建物は倒壊するとしているが、「大地震時に倒壊する恐れがある」とした甲第一三号証(大地震とは震度六及び七を指している。)と結論が異なった根拠が明らかでないので、甲第三二号証は採用することができない。)。しかし、建築基準法の昭和五六年改正前の耐震規準に基づいて建築確認を受けて建築された建物については、同法が右改正に際して直ちに新規準に適合するように補強工事をすることを義務付けなかったことからすれば、本件建物についても、原告主張の補強工事を直ちにする必要があると解すべきではない。また、本件建物の保有水平耐力評価が各階とも(三階短辺方向を除く。)0.19ないし0.43であることから、原告主張の補強工事を直ちにしなければならないことも立証されていない。なお、証人新井田悟は、本件建物は建築基準法の昭和五六年改正前の耐震規準にも適合していないと供述しているが、現状で適合しているかも知れないとも供述しているので、採用することはできない。
原告は、本件建物を取り壊して地上五階、地下一階、延面積1818.17平方メートルの店舗ビルを建築する準備を進めていると主張しているが、当初は、本件建物の敷地と右敷地に隣接する原告所有地とを合わせた土地に地上四、五階、地下一、二階の店舗兼事務所ビルを建築する予定であったと主張しており、乙第一号証及び原告代表者尋問の結果によれば、本件建物の敷地と右敷地に隣接する原告所有地とを合わせた土地ないし本件建物の敷地を含むブロック全体を使用する情報工場本社計画を発表したことがあることを考慮すると、原告が本件建物を取り壊した敷地に新たに建物を建築することを希望していることは認められるものの、新たに建築する建物について具体的な設計が確定していると認めることはできない。
三 次に、請求の原因4の②について検討する。
本件鑑定の結果によれば、本件店舗の借家権価格は、平成五年三月一五日時点で一億三三六〇万円、同年一一月一五日時点で一億一二七〇万円であるとしている。これは、まず、同年三月一五日時点について、収益価格控除方式により算出した一億七六四八万三〇〇〇円(本件建物の敷地価格は、実効容積率約四八〇パーセントの約五五パーセント程度の土地利用率であるから、更地価格の五八パーセントである三五億七〇〇〇万円であるとし、本件建物の積算価格は、再調達原価について経済的耐用年数三八年・残存耐用年数五年として減価修正をした一八〇〇万円であるとし、本件店舗の階層別効用積数比48.8パーセント、部分別効用積数比56.7パーセントとすると、本件店舗の価格は、九億九三〇〇万円であるとしている。本件店舗の純収益は年間二四六一万八〇〇〇円で、利回り土地三パーセント・建物六パーセントとすると、収益価格は八億一六五一万七〇〇〇円になり、本件店舗の価格から収益価格を控除して算出している。)と割合方式により算出した一億七九八四万円(建物の割合価格の四〇パーセント、土地利用権(土地の割合価格の九〇パーセント)の二〇パーセントを借家権の割合として算出している。)とについて、新規賃料の値崩れ傾向から代替建物の新規賃料・保証金と本件賃貸借契約の賃料・保証金との差額が殆どないため、家賃差補償方式が適用できない現状も考慮して、その四分の三の平均値である一億三三六〇万円が借家権価格であると算定している。また、同年一一月一五日時点での借家権価格は、同年三月一五日時点の借家権価格を同日から同年一一月一五日までの間の地価の下落率15.86パーセント(土地の割合を九九パーセントとする。)で修正して、一億一二七〇万円と算定している。
本件鑑定の結果においては、本件建物の敷地価格の算定に際し、土地利用率が実効容積率の約五五パーセント程度であることから、更地価格の五八パーセントに減額しているが、通常の建付減価をする手法もあり得るところであり、未利用空間の利益は地主に帰属しているか、一部は借家人に帰属すると解するかの問題とも思われる。しかし、いずれにせよ、本件においては、正当事由を補完するものとして立退料を判断するために用いるのであるから、本件鑑定の結果について、右のような算定方法を採用していることも含めて、考慮すれば足りるものである。なお、乙第一九号証においては、借家立退料簡易算出方法として家賃倍率方式が述べられているが、右方式は平成二年一月以前三年間の調査資料に基づくものであり、右時期はバブル経済・地上げブームの時代で立退料が高騰していたから、本件のように地価の低落が始まった後について、右方式を採用することは適当でない。
本件鑑定の結果は、割合方式について、借家権の割合として建物につき四〇パーセント、土地利用権(土地価格の九〇パーセント)につき二〇パーセントとしており、東京地裁競売不動産の評価運用基準に準じたものである。ところが、乙第一一号証では、相続税財産評価に関する基本通達(土地利用権、建物とも三〇パーセント)、普通財産売払評価基準(土地利用権、建物とも三〇パーセント)、東京都公有財産規則(土地利用権、建物とも四〇パーセント)、損失補償基準の運用方針(土地につき二五パーセント以下、建物につき四〇パーセント)の各基準に従って算出し、他の方式による数値を参考にして、結論的には、東京都公有財産規則の基準による数値を鑑定評価基準に基づく借家権価格であるとしている。しかし、右各基準が他の基準に比して信頼性が高い根拠も、右各基準の中で東京都公有財産規則の基準が最適である根拠も示されていないこと、乙第一八号証では、借家権価格を土地価格の一五ないし二〇パーセントにしていることを考慮すると、本件鑑定の結果中の割合方式による割合が相当でないと解するには至らないものである。なお、乙第一五号証は、競売物件が売れ難いことから、借家権の価格割合について東京地裁競売不動産の評価運用基準を用いることが不当であると主張しているが、競売物件が売れ難いことが借家権の価格割合にどのように影響するかは、説明がなく、採用できない。
乙第一一号証は、本件店舗の立退料は営業廃止補償であるべきであるとして、営業権の価格、ゲーム機械等の売却損、従業員の解雇予告手当、従前の収益三年分等を積算したものが借家権価格であるとし、借家権価格は平成六年一〇月一日時点で一四億七二〇〇万円であるとしているが、被告が代替店舗に移ってゲームセンターを営業することが不可能であることは立証されていないので、廃業を前提とする営業廃止補償方式は採用できない。また、甲第一号証によれば、敷地価格を更地価格の58.6パーセントであるとして算定し、借家権価格は平成二年五月一五日時点で二億二五〇〇万円であるとしている。
四 請求の原因4の③について検討する。
被告が昭和五五年二月二二日原告を被告として本件店舗とは別の賃貸店舗について預託金返還請求訴訟を提起し、以後、本件賃貸借契約に関して両者間に紛争の絶えることはなく、両者が原告主張のとおりの訴訟事件、仮処分事件及び調停事件を提起した事実は当事者間に争いがなく、本件賃貸借契約における信頼関係が完全に破壊されていることは明らかであるが、その原因が一方だけに存すると解することはできない。また、被告が平成五年九月三日に原告に無断で本件店舗の配管取替工事をした事実は、被告が明らかに争わないので、認定することができる。
五 請求の原因4の④について検討する。
原告は、被告に対し、本件店舗の代替の店舗として、本件建物の敷地に隣接する原告所有地にある地上五階、地下一階のビルの四階を二年間賃貸することを申し出ているが、四階では、被告が本件店舗において営業しているゲームセンターの代替の店舗となり得ないものであることは明白であって、原告の右申し出は誠実なものではないというべきである。
六 以上のとおり請求の原因4の①ないし④について認定判断したところを総合すると、平成二年一月一〇日(期間満了)及び平成三年四月一五日(解約)のいずれの時点においても、原告に本件賃貸借契約の更新拒絶又は解約申入れをする正当の事由があると認めることはできない。更に、平成七年一月三一日(本件訴訟の最終口頭弁論期日から六か月前の日で、原告が解約申入れをしたと解した日である。)の時点においては、正当事由を補完するために提供される立退料が一億円の場合は、原告に本件賃貸借契約の解約申入れをする正当の事由があると認めることはできないが、立退料が二億二五〇〇万円の場合は、原告に本件賃貸借契約の解約申入れをする正当の事由があると解することができる。
従って、本件賃貸借契約は、平成七年一月三一日の原告の解約申入れにより、その六か月後の同年七月三一日に終了したものである。
七 原告は、本件賃貸借契約の特約(本契約が終了したに拘わらず、被告が本件店舗の明渡を怠ったときは、被告は、明渡済みまで契約終了時の賃料の倍額の損害金を支払う。)に基づき、本件賃貸借契約終了後について一か月につき四二〇万円の割合による約定損害金の支払を求めている。ところで、更新拒絶又は解約申入れにより契約が終了する場合は、契約が終了するかどうかは正当事由の有無にかかっているが、正当事由の有無の判断は、当事者にとっては予測することが困難であって、結局は裁判所の判断をまつことになるものであり、更新拒絶又は解約申入れの時点で賃借人に正当事由の有無の判断を求めるとすれば、賃借人に困難を強いることになる。そこで、前記特約は、契約終了の原因が解除や合意解約による場合を想定したもので、更新拒絶又は解約申入れにより契約が終了する場合を除く趣旨であると解釈すべきである。
従って、原告は、被告に対し、約定損害金の支払を求めることはできないが、原告の請求には、予備的に賃料相当の使用損害金の支払請求を含むものと解されるので、本件賃貸借契約の解約の翌日である平成七年八月一日から本件建物の明渡済みまで賃料相当の一か月につき二一〇万円の割合による損害金の支払を求めることができる。
八 よって、原告の被告に対する建物明渡請求は、本件建物の明渡及び平成七年八月一日から明渡済みまで一か月につき二一〇万円の割合による金員の支払を求める限度で、理由があるから認容することとする。
(平成五年(ワ)第二〇四九七号事件)
一 被告は、原告に対し、本件賃貸借契約における賃貸人の修繕義務に基づき、本件建物の補強工事をすることを求めているが、本件建物について、建築基準法の昭和五六年改正による新しい耐震規準を充たしていなくとも、補強工事を直ちにする必要があると解すべきではないことは、既に認定したとおりである。
二 よって、被告の原告に対する工作物設置等請求は、その余の争点について判断するまでもなく、失当であるから棄却することとする。
(裁判官大島崇志)
別紙物件目録<省略>
別紙図面一、二<省略>